内容もさることながら、まずは〈新☆ハヤカワ・SF・シリーズ〉の装丁の心地良さに惹かれて読んだと云っても過言ではない。手塗りという小口塗装のわずかなムラだとか、全体を覆う柔らかなビニールの質感だとか、日頃、文庫だろうとハードカバーだろうと、表紙を外して読む派ではあるが、今回ばかりは質感を楽しみながら読んでみた。
以下、Amazonから梗概引用
化学物質の摂取過剰のため、出生率の低下と痴呆化が進行したニューヨーク。市の下水ポンプ施設の職員である主人公の視点から、あり得べき近未来社会を描いたローカス賞受賞の表題作。石油資源が枯渇し、穀物と筋肉がエネルギー源となっているアメリカを舞台に、『ねじまき少女』と同設定で描くスタージョン記念賞受賞作「カロリーマン」。身体を楽器のフルートのように改変された二人の少女を描く「フルーテッド・ガールズ」ほか、本邦初訳5篇を含む全10篇を収録。ヒューゴー賞/ネビュラ賞/ローカス賞受賞の『ねじまき少女』で一躍SF界の寵児となった著者の第一短篇集。
『ねじまき少女』は未読だが、本書は単独で読めるものばかり。デビュー作『ポケットのなかの法(ダルマ)』のデータメモリーに込められたアイディアや、『フルーテッド・ガールズ』のフェティッシュな世界観。現実の(そしてどこででも起こりうる)問題と地平を同じくする『パショ』等、冒頭から独特な面白さで畳み掛ける。
なかでも気に入ったのは、『砂と灰の人々』『カロリーマン』『ポップ隊』そしてタイトルロールの『第六ポンプ』かな。
人類以外の生態系が壊滅した世界で戦う兵士たちが、ミッション中に絶滅したはずの犬を捕獲したことで始まる犬との暮らし(というのか?)を描いた『砂と灰の人々』。とにかく世界観が異様。砂から栄養分を摂取する人類は、汚染環境に適した新しい生命体のようで、登場人物たちがそこいらの砂をスナック感覚で掴んで食べるのも異様だし、休暇で訪れたハワイの砂浜には汚染されつくした重油まみれの黒い波が押し寄せ、そこでバカンスを楽しむという情景も異様。そんな異様づくしの世界で、前時代の生き残り(犬)との齟齬をアイロニカルな視点で描く。なんというか、いろいろな示唆を含んだ印象深い一篇。
「ねじまき少女」と同じく、ゼンマイが全てのエネルギーになった世界観で描かれる『カロリーマン』は、やはりその独創的なアイディアに尽きますね。後書きにある訳者の説明が簡単明瞭なので少し引用すると、鉱物資源が枯渇し、穀物と筋肉がエネルギー源となった世界で、市場を支配するのが高カロリー穀物を独占しているのが、石油メジャーに代わる「穀物メジャー」。
要するにこの高カロリー穀物を飼料として、遺伝子操作で生まれた家畜の力(筋肉)を使ってゼンマイを巻く。そのゼンマイを動力源とした世界。有り体に云うとこんな感じ。もうこれだけでいくらでも物語が出来そうな、そんな屈強な設定だなあと。「ねじまき少女」も読まねばなあと。
不老不死が確立され、今いる人間だけで生きていくべく出産育児が違法となった世の中を描く『ポップ隊』もまた、『砂と灰の人々』同様に歪な人間観を描く物語。異常な世界に芽生える母性(違法者)を狩るポップ隊に所属する主人公の揺れ動く気持ちが、異常な世界に幾ばくかの光明をもたらすかのよう。そしてタイトルロールの『第六ポンプ』もまた、過去の叡智を喰らい尽くしたどん詰まりの人類を描いた傑作。
現代社会への警鐘をテーマとする物語が大半を占める本作。地続きゆえの不穏さに暗澹たる思いが募るが、どんなに歪んだ世界になっても人間は生きているんだろうなあ…という諦観めいた感情もおぼえる。けして楽しい物語ではないが、斬新かつ独創のアイディアに刮目しつつ、きたる時代に戦きつつ読むべし。
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