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異形コレクション「教室」

教室―異形コレクション (光文社文庫)教室―異形コレクション (光文社文庫)
(2003/09)
朝暮 三文、朝松 健 他

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実は本編よりも怖いんじゃないか?…という、伊藤潤二による表紙&中表紙が不気味な本アンソロジーのテーマは「教室」。異形だからして、当然学校の怪談的な内容に偏ることはなく、作家それぞれのユニークな発想着想の物語を取り揃える。そして、地味(?)なテーマが示すとおり、派手さはないが色々な感情がジンワリ湧いてくるアンソロジーである。

木原浩勝「『教室』にやぶれる」。初っ端、新耳袋の木原氏は、これまでの怪異蒐集の統計結果で、教室の怪異を考察していくノンフィクション。興味深いのは「教室(学校)は、怪異を目撃するのが個ではなく、集団化する場合が多い。それによって怪異がパターン化するが、それは生存率を高める、いわゆる“怖い”を無効化するメカニズムに近い」と木原氏。そのメカニズムが創作感を生み出し(真実味を奪い)、故に実話性が失われ、ノンフィクションとしての怪談は、『教室』にやぶれる…ということらしい。なるほどなるほどと膝を打つ。

竹本健治「開かずのドア」。物語トップバッターは竹本氏の直球“教室”もの。直球といっても竹本流なので、そこはそれひと味違う。教室の後ろにある開かずの扉が開き、女子生徒が出てくるところを目撃する主人公。そこから目撃談が広がって、先の木原氏の推考ではないが、集団的なパニックの様相を呈していく。メインとなるのは、主人公の所属する「汎虚学研究会」の面々。こういう仲間同士のやり取りを描かせると竹本氏は巧い。やがて薄ら寒い結末を迎えるが、そうした仲間内描写の下地があるから、最後の瑞々しい“男の友情”で読後感は爽やか(?)。

平谷美樹「すぎたに」。なんていうんでしょう…このひらがなで「すぎたに」ってタイトルが怖いですね。個人的には直接的に恐怖をもよおすようなタイトルより、こういう何気ないものの方が予断が許せないぶん、ゾクっと来る。で、矢張りこのタイトルがキーワードとなる幽霊譚。強調文字を効果的に使うなど、心霊的な演出の畳み掛けは流石。

手塚眞「ハイスクール・ホラー」。ひと月に二人の変死者を出した学校の依頼を受けて、ある能力を持った主人公が現れる。ミステリタッチで淡々と進み、特に大きな山場もなく淡々と終わる。こういうパターンは不満な印象を持つものだが、何故だか最後まですんなり読んでしまった…。特に文体が優れているとかでもないのに不思議だが、これは手塚氏の物語に対する真摯なアプローチが滲み出ているからだろうか…。

石持浅海「転校」。物語の舞台となるエリートばかりが集う全寮制高校には、“転校”という特別な校則があった…。ミステリの態を成す一篇で、そこそこグイグイ読ませるが、真相がなかなか豪快な背負い投げでびっくり(笑) 大田忠司「最後の夜」はあまりにもストレート過ぎて拍子抜け。江坂遊「霊媒花」はある女教師の独白で綴る掌編で、なかなか怖いストーリーだが、比較的先読み出来てしまうので、そこまで鮮烈な印象は残さない。森青花「tableau vivant 活人画」は、娘、母、父のそれぞれの三章からなる「女は怖いぞ」物語…。章立てがユニークなので読ませるが、ヘタに感情移入すると消化不良を起こしかねない(苦笑)。

朝松健「侘びの時空」。お馴染み一休宗純シリーズだが、時は文安四年と、一休ももう間もなく老境に差し掛かろうという時期のお話で、いつもの伝奇アクションというより、タイトルが示すように、なかなか“渋い”一休像を魅せてくれる。能阿弥の弟子を名乗る茂吉という男から、青磁器に取り憑いた“なにか”を退治してくれるよう頼まれる一休…。法兄(仏教でいう兄弟子)である養叟宗頤を説教するべくおこなう、冒頭の大徳寺前でのパフォーマンス。晩年の一休としてお馴染みの風体。そして、常にヒーローとしてのステロタイプを全うさせている(ことが多い)一休の個人的な葛藤と、いつにも増して素晴らしい。また、自ら立ち直っていく茂吉の描写と、それに繋がる(史実に則った)胸のすくようなラストに思わず涙目…ううむスバラシー!

犬木加奈子「教室は何を教えてくれる?」。写真をコラージュした独特なコミック作品。国語算数理科社会に充てた小学生(キャラ)によるリレー形式(?)の物語。絵も独特でイイが、主人公(?)リカによる、モラトリアムな締めくくりも可愛いネ。

飛鳥部勝則「花切り」。エロくてグロくてフィティッシュな飛鳥部氏が小学生男子を弄す…ってだけでもヤバい(笑) 美樹(みき)という名前の謎めいた男の子と主人公・昭一の禁じられた遊びがやがて…。淫靡な雰囲気を漂わせつつ、ミステリなパーツも散りばめつつ、ホラーをして一級品の仕上がり。パパの白い背中…怖い!

岡本賢一「必修科目」。出世の為に必須となる資格試験に縛られた、現代と似て非なる世界。たび重なるアクシデントで何年も試験を受けることが出来ず、なかなか出世することが出来ない主人公。そんな主人公の心情とシンクロして、こっちも読みながら焦燥と怒りが高まっていく…。だからこそラストで泣けるのだった。しかし、またしても岡本作品にヤラれてしまった…! 井上氏の前説ではないが、これは映像化すると最高なんじゃないか? 兎に角、スバラシー!

続く、小林泰三「あの日」にもヤラれた!これは新しいSFの調理法じゃないか? 宇宙ステーション内の小説教室で、落ちこぼれ学生とそれを指導する先生のやり取りに爆笑。地球上での生活(学校と教室)が過去の遺物となった遠い未来という設定が数々の笑いを生む重力ギャグ(笑) 後半のヒネリも巧い!スバラシー!

平山夢明「実験と被験と」。これぞまさしく平山流シリアルキラー断罪譚。罪を憎んで人も憎むとどうなるか?を問いかける。犯人への極刑をもってしても救われることのできない遺族(感情)が起こしうる“由々しき事態”を防ぐために開発された、最終矯正等価システム『DANTE』。愛娘を惨殺された過去から立ち直る兆しが見えないと判断され、このシステムの被験者に選ばれた夫婦の葛藤を軸に、おぞましいストーリーが紡がれていく。
表層的な鬼畜っぷりが目立ってしまいがちな平山作品だが、ここで描かれる遺族の葛藤、例えば……娘の死後、「お茶一杯入れるのに二時間かかるような生活になってしまった私たちにとって世間の時間には到底ついていくことはできなかった」……といった何気なくもリアルな“痛み”の描写の数々。こうした描き込みからも、犯罪に真摯に向き合う氏の姿勢が垣間見られるであろう。事ほど左様に、本作は肉体的痛みよりも精神的痛みにウエイトが置かれる。なかでも唐突に“壊れる”妻の描写。あれはかなりヘビィだった…。そしてラストも強烈だ。但し、お題(教室)については、無理矢理半ば…といった感が残るが。でもスバラシー!

安土萌「ネズミの穴」。教師経験をもつ作者による、教師側から見た教室の恐怖を描く掌編。教室の後ろに、自分とひとりの生徒にしか見えない“穴”を見つけた主人公の教師。その穴の先にあるものは…。穴の中の阿鼻叫喚な描写はさながら自らの葛藤を具現したものだろうか。

石神茉莉「海藍蛇」。これもスバラシー!主人公は出稼ぎ外国人のための日本語教師。舞台は、貸しビルをテナント利用しているオンボロ日本語教室。そこかしこと老朽化したその教室は、扉内側のノブが壊れている。非力でそのノブが回せず、自力で教室の外に出られない主人公は、ひとりの生徒に扉を開けてもらうのが恒例となっていくが…。主にアジアからの出稼ぎ外国人(生徒)との交流を丁寧に描きつつ、その壊れたノブを介して、主人公の女教師とひとりの中国人生徒にスポットを当てていく。物語のキーとなる幻想(怪異)への転換も見事で、たんなるホラーじゃないヒューマンな味わいを残す傑作。スバラシー!

山田正紀「エスケープ フロム ア クラスルーム」。氏がツイッターを通じて時折漏らされるツイートとシンクロする部分も多いし、これは山田氏の内面吐露の物語なんだろう。要するに私小説。主人公の名前も、地続きの“山(田)”ではなく、大海に孤立する“島(田)”に設定していることからも、精神的にもヤマイダレな感じも助長するかのよう。う~ん、ただまあ、物語として面白いかと問われると疑問符だらけ(苦笑) コアな山田ファンには必須だろうが。

菊池秀行「逃亡」。現実と第三世界的な非現実をシェイクするかのような世界観。戦争に対し、いつまでも対岸の火事でいられない事に対する警鐘めいた物語。相変わらず骨太である。続く梶尾真治「再会」は、かつて主人公が通っていた村の分校がダムの下に沈むことになり、当時の同級生たちが再会するという物語。かなりベタな内容だが、そのぶんピュアな作家性が浮き彫りになる感じ。

さて、今回のなかでは、朝松健「侘びの時空」、飛鳥部勝則「花切り」、岡本賢一「必修科目」、小林泰三「あの日」、平山夢明「実験と被験と」、石神茉莉「海藍蛇」と、なかなかヒットの確立が高いアンソロジーではあるが、最初にも云ったとおり全体的に地味。私のように遅れてきた異形ファンならば、比較的派手目(例えば、宇宙生物ゾーンとか、蒐集家とか、怪物團とか…)なアンソロジーを読んでからの方がより楽しめるだろうと思う。
おっと!但し、朝松氏の一休シリーズがお好きな人は「侘びの時空」は必須。
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.16 2011 BOOKS(異形コレクション) comment0 trackback0

異形コレクション「悪魔の発明 23人のマッド・サイエンティスト」

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悪魔の発明―23人のマッド・サイエンティスト (広済堂文庫―異形コレクション)

マッド・サイエンティストとは、なんとも古風で異形コレクションらしいテーマだろうか。そんなテーマ性を色濃く反映したクラシカルなものからリアル社会ものまで、ヴァリエーション豊かな設定で気狂い博士譚が開陳される。そんな混沌としたテーマを具現する韮沢ワークスによる表紙もいい。

篠田真由美「大いなる作業」。トップバッターは、かのレオナルド・ダ・ヴィンチを弄したゴシック譚。ダ・ヴィンチの愛弟子フランチェスコを通して天才の足跡と知られざる秘密が虚実入り混ざって開示されていく…。それほど多くない頁数にこれでもかと圧縮された重厚華麗なテキストに惚れ惚れ。で、その“知られざる秘密”ってのが本編最大の旨味。かなり大胆な大法螺だけど、これはなかなか!

永久機関を題材にした小中千昭「イモーター」は、科学的なネタを散りばめつつ、ラストはホラーに持っていくあたり、なかなか読みやすい一篇。ただ、ホラーとしての怖さなら、続く牧野修「<非ー知>工場」には敵わない。主人公の科学ライターがパソコンフォーラムで繰り広げた、著名超常現象研究家との議論の回想から始まるこのお話。前半のホラー描写が秀逸で、特に電車内の女の怖ろしさは夢に出てくるレベル(笑) そうした恐怖演出が(過剰に)巧かったためか、ちょっと方向がずれる後半で興が削がれた感じ。いや、話としては面白いんだが、後半につれ恐怖感がどんどん薄れて電波的な気味悪さが濃厚になっていく。まあ、流石に電波な演出は巧いのだが。

横田順彌「星月夜」は、もちろん押川春浪シリーズ。今回も今回とて、お馴染みの面々が、春浪の不思議な回想を肴にあーだこーだと和気藹藹に論じ合う。で、本作は、いつもの龍岳と時子に加えて、準メンバーとも云える髭の吉岡将軍(信啓)が参戦。コメディリリーフとして本譚を陽気にかき混ぜてくれる。そして今回の肴(不思議)は、草下五郎なる老博士を登場させて、火星人との交信に始まる壮大(?)な宇宙ロマン。いつも実在の人物を配して展開する春浪シリーズだが、この草下博士なる人物が果たして実在したのか…?浅学なので判りかねるが、井上円了やら大隈重信やらの“明治快人”たちをさりげなく登場させる手際は毎度ながらお見事。

霜島ケイ「雪鬼」。民俗でマッド・サイエンティストを語ると…なるほど巧い!と唸らされた。そんな民俗と科学のせめぎ合いから生み出される恐怖もなかなか。やはり冬の怪談は怖いながらも味わい深い。主人公(キャラクター)の掘り下げ方が巧いので、短編なのに思わず感情移入してしまった。そのぶん終わらせ方が忍びない…。

山田正紀「明日、どこかで」。ここから“もしも体制側がマッド・サイエンティストだったら?編”みたいな感じのお話が続く。冒頭の飛び降り自殺の推考(というか切り口)が怖い…。主人公(女子高生)がその飛び降り自殺した男から預かったロッカーのキーを発端に、不穏なミステリが幕を開ける。…サスペンスフルだしリーダビリティも高いんだが、もう少し“解析結果”を強く仄めかしてくれたほうが物語のスケールを感じられたと思う。

我孫子武丸「レタッチ」。これまた厭なお話。題材に体制が絡むと不快指数も上がるってことかな(笑) 兎に角、ショートホラーの定番っぽい出だしからして厭な予感全開。全体的にツイストの効いたプロットなので、ぐいぐい頁も消化するが、冒頭からの印象そのままに、読後感は推して知るべし(苦笑)

大場惑「よいこの町」。本アンソロジーは厭な気分にさせる話が多いが、本作もそのひとつ。SFやホラーのガジェットを使わず、ご近所感覚の恐怖演出で主人公の足元をさらっていく感じが何とも云えない気分に…(読み手が男なら尚更)。ご近所ものらしく陽気なぶん、ちょっとした違和感でも効果絶大。前説によると、大場氏は「世にも奇妙な物語」もやっておられるとのこと。…なるほどね~!たしかにソレっぽい。

岡本賢一「果実のごとく」。はい、本作も“厭な気分”作品のひとつ。というか、この次に控えた作品と合わせて厭な気分を畳み掛けてくれるんで、ホント有り難い…(自虐的) で、本作、厭な気分にもさせるが、傑作でもある。個人的には異形での岡本作品の打率はかなり高い。
乗り過ごしと勘違いして見知らぬ駅に降りる主人公。しかしそこは…というホラー定番な感じの冒頭ではあるが、その見知らぬ駅を異空間にするのではなく、“実在するけど降りたことのなかった駅”という設定が、リアルな恐怖を煽る。そこから主人公が遭遇していく世界を異様さだけで引っぱるのではなく、食堂での光景などで垣間見せる“正常さ”とのさじ加減で見せるのが本作を独特なものにしていると思う。二段オチとも云えるラストも七年殺しのようにジンワリ来る…。

んで、主人公が自分を保ててるぶん「果実のごとく」のほうがラクとも云える、本アンソロジーナンバーワンの厭な気分作品(なんつう云い方だ…)が、この森岡浩之「決して会うことのない君へ」。半ば都市伝説化して虚虚実実の「新薬の人体実験アルバイト」に端を発する物語。そこから導き出される物語のアイディアは幾らでもあるだろうが、森岡氏の独創はもっとも残酷な結末を提示する。この「決して会うことのない君へ」というタイトルも見事にミスリードしてくれたよ…但し、今までにない感じのミスリード感(笑)

芦辺拓「F男爵とE博士のための晩餐会」は、虚と実の大科学者が邂逅する物語。1922年(大正11年)、日本に招かれたE博士が、何故か大阪に拠を構えるF男爵の元へ導かれ、そこで見たものとは…。芦辺作品に疎いのでよく判らないが、台詞から地のテキストと、隅々にまで行き届いたシアトリカル感(なんて云い方あるのか?)が実に独特で面白い。発明品というよりも、二大科学者によるダイアログが決め手のお話で、やがてそれはナチス誕生前という年代にも絡めた悲しい結果へと発展していく。幻想を弄してリアルな戦争の(というか選民思想の)馬鹿らしさを判りやすく面白く伝えてくれる稀有な作品。…なんというか、全体的にティム・バートン臭が漂う世界観なので、ダニー・エルフマンのスコアとかBGMに流しながら読むとイイかも。

田中啓文「俊一と俊二」。これが異形初登場となる作品らしい。これ以降、数々の問題作を生み出していくことを思うと実に感慨深い(笑) で、初登場ということで、様子見感覚もあるのか、いつもの啓文氏より控えめな狂気を提供してくれる。とはいえ絶品だが。
主人公、里里香の婚約者である俊一は、人造人間の研究に没頭するため、雪に覆われた山奥の古い洋館に移り住んでしまうが…。やっぱ、啓文氏らしさ全開なのが、人造人間「俊二」でしょう。なんでこんなに薄気味悪くしなくちゃいけないんだ?というくらいグロい(笑) ただまあ、そんなグロさもキモい立ち居振る舞いも、ラストにはホンノリ涙も…(?)

岡崎弘明「空想科学博士」。漫画雑誌編集者の主人公が、恋人の由美子を家族に紹介するため久々に実家に向かっている。しかし実家には“あの”祖父がいる…。兄(主人公)の気配を感じサッと姿を隠す妹、異様なほど大きなマスクをした母と同じく異様な大きさの黒眼鏡をかけた父が出迎える家…。実に、実に、不穏だ。そして怖い…。ところがこの後にフタを開けると矢鱈とポップな世界が広がっていく…このポップさは異形ではレアなんじゃないか?(初期は多かったのか?) 兎に角まあ、これは面白い!発想のユニークさもあるし、恐怖感を煽る前半も巧い。本アンソロジーで初体験の作家さんだったが、かなり満足させてもらった。こういうの、ラノベっぽいっていうのかな?(よく判らないが) 個人的にはかなり好きなタイプの物語だ。

梶尾真治「柴山博士臨界超過!」。これも意外な展開を見せるコミカルSFホラー。テーマ自体をうまくミスリードしていく感じが良かったね。梶尾氏らしい好作と云えるだろう。バスチーユ前を描く、菊池秀行「断頭台」はなかなか全貌を掴ませない語り口でヤキモキしたが、その謎自体は期待したほどではなかったかな。終わりの切れ味はベテランならでは。そして最後、堀晃「ハリー博士の自動輪 ーあるいは第三種永久機関ー」は掌編の中にハードSFが凝縮される。ハード系に疎い私でも、タイトルにもなっている“第三種永久機関”の仕組みにはソソられる。ハリー博士の真意やわだかまりを残すラスト等、本アンソロジーはベテランの逸品で締め括る。

「怖い」よりも「厭な」話が多かった本アンソロジー。ただ、厭な話は恐怖も内包するので、そのぶん後に引く怖さを持った作品が多かったように思う。
お気に入りとしては、篠田真由美「大いなる作業」、霜島ケイ「雪鬼」、岡本賢一「果実のごとく」、森岡浩之「決して会うことのない君へ」、芦辺拓「F男爵とE博士のための晩餐会」、岡崎弘明「空想科学博士」あたりで、面白いだけではなく、“厭な気分”にもさせてくれた、岡本、森岡両氏の作品がツートップといったところか。

…裡表紙の韮沢ワークスのカットも良かったんで最後に貼っておく。
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.13 2011 BOOKS(異形コレクション) comment0 trackback0

異形コレクション「トロピカル」

トロピカル―異形コレクション〈11〉 (広済堂文庫)トロピカル―異形コレクション〈11〉 (広済堂文庫)
(1999/06)
井上 雅彦

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お題が果てしなく陽気なイメージなんで、「なんでまた?」と訝しんでみたが、成る程、南国果実のようにコッテリ濃厚な匂いと味をたたえた名品が(すべてとは云わないが)居並ぶ好アンソロジーでした。「海」であろうと「ウミ」であろうと、そしてそれが「猿」であろうと、口中いっぱいに広がる甘くてコッテリな風味とずしん、とくる満腹感……というより膨満感が味わえる。

島村洋子「願い」の厭な女の厭なお話で幕開け。奥田哲也「みどりの叫び」は、太平洋戦争に絡めたノスタルジックなファンタジーにしたいのかホラーにしたいのか、イマイチ判然としなかった。好みとしては前半を活かしたファンタジーでフィニッシュして欲しかった。

倉阪鬼一郎「屍船」。これは怪作! 奥田氏もほんのり匂わせた太平洋戦争をモチーフにしたホラーで、太陽降りそそぐ南方の観光地によくある“旧日本海軍”怪談に、腐敗臭漂う異空間をバイパスして語られる、倉阪氏ならではの異様な物語。これから南へバカンスへ!…みたいなカップルに読ませると怒り出しそうな、ちょっとリアルな恐怖も煽る傑作。

安土萌「緑の褥(しとね)」なる掌編は、クラシカルなSFホラーを想起させるなかなかの逸品。続く北原尚彦「蜜月旅行」も図ったように古典的SFに範を取った作品だが、思いがけずにエロ全開!野獣性交譚とでも申しましょうか…。意図していないだろうが、主人公が次々と自己正当化していく独白が“性交譚”なだけに男視点フィルターを咬ませるとジワジワ笑えてくる(笑)

東京が壊滅した後の世界を描く、早見裕司「罪」は、居場所を失った東京都民と、受け入れ側である地方との軋轢等、複雑な世界観を短編という制約のなかで手際よく語りながら、東京の残務処理に追われる元警視庁刑事を主人公に、市井から地球規模の破壊と再生へと飛躍的なスピードで繋げる壮大なSFドラマ。飛躍的な速度を出すために、多少の「?」感はあるにはあるが、まあそれは異形者であれば目を瞑りましょう! そして、多少ベタっぽいかも知れないけど、最後の一行、私、好きです。

田中啓文「オヤジノウミ」。……啓文さんでしょう、オヤジノウミでしょう、絶対に「親父の海」なワケがないだろう!と思っていたら、さもありなん!やっぱり「オヤジノウミ」の「ウミ」は「ウミ」でした…。しかも視覚と嗅覚に訴えかけてくる壮絶なウミ(笑) おそらく、全然トロピカルっぽくない氏(失礼!)が、必要に迫られて駄洒落って出てきたアイディアなんだろうけど、それをここまで広げていく才能って何なんだ!?
一人(救助者)の「視点」と一人(被救助者)の「独白」で繰り返される構成も素晴らしく、“あのような”最後になるとしても、冒頭なぞ名作怪獣映画のイントロダクションなみに緊迫感を漂わせる。
私は一読(毒)ですっかり魅了されてしまいましたが、グロいの苦手は方は読まれないほうが賢明。また読んだとしても、直ぐさま磯料理、つまり磯の香りがふんだんな料理を口に運ばれるのは慎まれたほうがいい……(私は、読んだ次の日にモズクを食べようとして、そのモズクの発散する磯の香りで“オヤジノウミ”の“ウミ”を思い出し、強烈な吐き気に襲われましたが耐えました(苦笑))……とまあ、そんな異形史上に燦然と醜く輝く大傑作でした。

酸っぱいものがこみ上げてきたあとは、目先を変えて漫画(佐藤肇「MUAK-VA」)で異形を…。まっことありがたい…。で、これ、目先が変わるだけでなく、小室孝太郎と石森章太郎を足して二で割ったライクな絵柄も好みだし、ショートのホラーコミックとしての切れ味も宜しい好作だった。

二木麻里「サヴァイヴァーズ・スイート(The Survivors' Suite)」。これはホラーというか何というか。私的には、スイートと云いながら、内容的にはムーンライダーズの「ダイナマイトとクールガイ」という曲を思い出してしまった。ただ、絶えず雨が降り続く街や、身元不明の重症患者でいっぱいの病院等、近未来な世界観をほんのりの匂わせる。この物語の白眉は、まとわりつくような湿気や水気の抽出だろう。そしてその不快な水分をメタファーとして、もはや再生不能となった夫婦の関係を描く。内容的に読後感は良くはないが、なかなかの佳作でした。

田中哲弥「猿駅」。さて、これでハヤカワさんちの「想像力の文学「猿駅/初恋」」のタイトルロールをコンプリートした…と♪
しかしてこの猿液…否、猿駅。初恋(異形コレクション「GOD」収)と共にハードカバーのタイトルロールになるべくしてなった問題作だった。哲弥氏ならではのすまじく独特なるイマジネーションの広がり。シュールとひと言に云ってしまうのは簡単だけど、小説として、しかも異形コレクションというエンタテインメントとして、しっかり面白く読ませるのがスゴイ。
冒頭から畳み掛ける猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿猿…………そして、フルーツ牛。
一見シュールばかりで酩酊してしまいそうな世界観だが、“母に会う”という明確な動線があるので道に迷うことはない。そしてこれは異常なシチュエーションを弄し、過去との決別を高らかに歌い上げる“旅立ちの物語”なのである(ホントか?)。

飯野文彦「椰子の実」。これもなかなかいい! トロピカルというテーマの解釈も素晴らしい。冒頭から突き上げてくる不快感とミステリ調に物語が収斂していくサマも見事。

汗まみれな「椰子の実」の後は、涼やかに恐ろしい草上仁「スケルトン・フィッシュ」でリフレッシュ(笑) 続いては、お馴染み一休宗純による室町魔界伝、朝松健「泥中蓮」。今回は筋道もストレート(ちょっと鬼太郎っぽいし(笑))でいつにも増してサクサク読める。シンプルなぶん、ラストの台詞「風狂僧、一休宗純と申します」も鮮やかに決まる。

後半に意外な展開が待っている竹河聖「干し首」や、ホラー作家だった頃の阿刀田さんを思い出す、江坂遊「トロピカル・ストローハット」、さすがの仕上がり、菊池秀行「黒丸」と、ラストに向けても中々のショート佳作が詰め込まれる。
…が、矢張り、“W・田中”に尽きます。「オヤジノウミ」と「猿駅」が一冊にまとまって一度に読めるだけで素晴らしい…(笑) それから倉阪鬼一郎「屍船」、早見裕司「罪」も外せない作品でしょう。
.12 2011 BOOKS(異形コレクション) comment0 trackback0

異形コレクション「蒐集家 (コレクター)」

蒐集家(コレクター)―異形コレクション (光文社文庫)蒐集家(コレクター)―異形コレクション (光文社文庫)
(2004/08)
井上 雅彦

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蒐集家というテーマ。読む前から異形コレクションという存在自体にフィットしているなあ…と思っていたら、案の定傑作揃いの名アンソロジー。また、そのテーマ性故、作家自身の蒐集癖の垣間見える作品が多いのも特徴的。そうしたリアルな身体感覚が加味されたことも、傑作揃いになった理由のひとつではないだろうか。

夢枕獏「陰陽師 蚓喰(みみずく)法師」。陰陽師を引っさげて異形初登場の夢枕獏氏。恥ずかしながら原作で読むのは初となった陰陽師。漫画版を疾うに通過しているからか判らないが、個人的にはテキストのみ(原作)がいいかも。いや、岡野さんの漫画版も勿論名作であるが、何よりも陰陽師は言葉を使役する技能者だから、絵が無いぶん、清明の言葉が染みいる感じがするんだな。とかいいつつ、漫画版の“絵面”が前提があるからかも知れないが。兎も角、お話も冒頭から引き込まれ、落としドコロも“絵的”であり流石である。

北原尚彦「愛書家倶楽部」。自身も古書蒐集家であるという北原氏のこだわり(…いや、夢かな?)が色濃く投影された物語。急死した伯父の秘密の蔵書に執着する主人公。そして伯父の遺体と共に、その秘密の蔵書を引き取りに来た愛書家倶楽部とは?稀覯本等にまつわる蘊蓄も絡め、倶楽部の真相に迫る過程(オチも)が良かった。

石田一「いちばん欲しいもの」。これまた作者を投影させた映画(洋画)コレクターのお話。実在する有名なSFコレクター、アッカーマン氏のエピソードを披露しつつ、作者自身も登場させつつ、和製アッカーマン的な蒐集家、楠見老人を創造して綴られるお話。コレクター同士の会話を中心とした陽気(?)なお話が一変、蒐集家を狙った猟奇殺人事件の様相を呈する。この変わり身が手際よい。ちょっと必殺技すぎやしませんか?というラストがなかなか怖気を誘う…。

冲方丁「箱」。異形初登場の冲方短編。いやぁ、こいつは怖かった。というか切り口が斬新。服毒自殺した男が遺していった無数の箱。登場人物は、その男の友人、恋人、部下の三人。遺族から形見分けとしてその箱を渡された三人は、それぞれの思惑からネットオークションで処分することに…。人間の醜部を舐めずりながら、死んだ男を含めた歪んだ相関関係を浮き彫りにしつつ、恐怖がすべてを支配し悪意のクリシェがはじまる。

早見裕司「終夜図書館」。これも実際に早見氏が蒐集しているというジュニア小説が題材の物語で、ご本人が主人公として登場する。これは北原作品のそれよりも、蘊蓄やら情熱がストレートに炸裂する。情熱の矛先は昨今のラノベ文化に対するアンチテーゼにも繋がっていき、その考えに基本的同意の私にとっても胸のすく思いだった。
在住する沖縄にジュニア小説ばかりを集めた図書館があることを知った主人公。気分転換も兼ねて、スランプ気味の重い身体を引きずり、その図書館へ行くが…。蒐集家としての純粋な興味にはじまり、揺れる内面吐露へと発展し、さらに作家としての矜持を取り戻していく再生譚。段落毎に句読点が一切無いので読みづらいことこの上ないが、本心を語るうえでの演出(照れ隠し)だと思うと、読みにくさよりも、こそばゆさが先立ってしまう感じ。そして最後の一行…はからずも泣けてしまいました。異形での善き出会いがまたひとつ…。

草上仁「ディープ・キス」。異形コレクション「ロボットの夜」でも傑作を披露してくれた氏だが、これもまた強烈なリーダビリティで厭な気分にさせてくれる。舞台は連続猟奇殺人事件を裁く法廷。容疑者は(文字どおり)咥え込んだ男たちの舌と性器を悉く切断した女。そして、その女を捕縛したベテラン刑事の独白ではじまる物語。容疑も確定といった雰囲気に包まれる法廷で、またひとつ恐ろしい真相が提示される…。ふう…これは怖さといい、始めから罠が仕掛けられている事を読み終わって気づかせる構造といい、短編ミステリの変化球的な傑作に仕上がっている。怖面白い。

木原浩勝「怪異蒐集家」。これまたそのまんま木原氏のお話で、かつてのデップリした体型の氏を想起させて読むと味わい深い。氏がインタビューを受けているといった体裁で、延々と性急な一人語りで進行する。なかなかの好作でした。

竹河聖「眼」。両家のご息女が通う女学校を舞台にした、お嬢様言葉も麗し可愛らしい一篇。全篇ゆったりしてるんだが、前半の下ごしらえが巧いので、後半のハラハラ感が引き立つ。

飛鳥部勝則「プロセルピナ」。五重塔が舞台の猟奇殺人。図まで登場して本格匂わすも、異形の飛鳥部氏はホラーなので、やはりグロい方面にひた走ります(笑) 文節毎の人称切り替えで飽きさせないけど、個人的にはもうひとつかな。飛鳥部さんならもっと狂っててもいい。あ、でも“白い舌”の正体は流石。

飯野文彦「蝋燭取り」。異形コレクション「獣人」でもそうだったが、飯野氏は古典落語が得意技の作家さんらしい。で、その古典落語の封印された噺が題材。というか、その噺の出自をイントロダクションにして全篇披露される構成になっている。で、この噺、なかなか怖い。こんなネタ、高座でやったら祟られるな(笑)

岬兄悟「記憶玉」。現代に生きる吸血鬼の女が主人公。蒐集するは、過去に愛した男たちの記憶。正調ホラー短編といった手堅い仕上がりで読みやすい佳作。

久美沙織「人形の家2004」。いつも一定のクオリティを保っていて、安心して読める久美氏。今回はご自身も蒐集しているというリカちゃん人形(作中ではリリカちゃん人形)が自我に目覚めてガールズトークを展開するキッチュな導入から、リリカちゃん直通電話にかかってくる「ユミちゃん」にまつわる話に発展していく。怖いようなちょっと悲しくなるような不思議なお話。

平山夢明「枷(コード)」。これは既読だが、矢張り凄まじい…。異形(アンソロジー)で読むとその鬼畜っぷりがコントラストくっきりと浮かび上がる。取りあえず平山作品はすべて読んだ上での個人的見解だと、この「枷」が描写的に一番堪える…。特にイチ号の頭部をマッチ状に仕上げていく描写は読んでて身体が痛くなってくる。もちろん、平山氏十八番の独特でいて判りやすい“形容音”が鳴り響くセンサラウンド方式ホラーとしても一級品。
このおぞましき主人公が蒐集するのは、女の殺した時に“顕現”する超現実の遺物。それを得るために、ストラスバーグがアクターズスタジオや自身のインスティチュートで実践した“メソッド(作中ではメソードとなっているが)”を引っ張り出すのが面白い。全篇を通じて特異な二人称で語られるため、具体的でありながら非現実的でもあるという不思議な遊離感も味わえる。
で、最後はこれ、たいたんぼうの呪いですかね?(笑)

中島らも「DECO-CHIN」。詩的でありながらも、毎度冷静なガイダンスに徹している井上氏の前説はなんだか違う…!? 前説というよりはらも氏に宛てたラブレターのようだ…。
かいつまんで云うと、主人公・松本はサブカルマガジンの副編。担当はインディーズバンドだが、レコード会社や広告主と持ちつ持たれつの関係に辟易している。そんなある日、若者に人気のバンドの取材に行くことになるが…。話の筋道としてはオーソドックス。奇を衒うような幻想もない。だが、ここからが本作の真骨頂。益体もない、糞みたいな当該バンドの演奏が終わり、満を持して登場するのが…(以下略)。
…いやまあ、これは「異形コレクション」に一度でも触れた方は是非読むべき。兎に角、本作はそこに登場する「THE COLLECTED FREAKS」という謎のバンドに尽きます。楽器を始め、演奏の解説まで詳細に描き込むらも氏の鬼気迫りようは、あたかもこの「THE COLLECTED FREAKS」が現実に存在するかのような錯覚を齎す。読んでいるうちに本気でこのバンドの音が聴きたくなる…演奏力を重視する音楽好きなら抗えないでしょう。あと、双子ヴォーカル、ああとあああのリリックと火星田マチ子のようなMCもいいんだなぁ…。
本作で語られるぶっ壊れた世界も、主人公の友人・白神の言葉を借りて、敢然と否定しているのも奮えドコロで、それがあるからこそ、この“ぶっ壊れた世界”が正常に清浄に美しく輝くのだと思う。

朝松健「尊氏膏」。室町の魔界を快刀乱麻するお馴染み一休行。今回は開幕の将、等持院足利尊氏の秘伝が膏薬をめぐるお話。この膏薬を一子相伝する細川氏望(鉛丹)の薄気味悪いキャラクター造形に尽きるかな。梟に似た風貌もさることながら、おのれの正体を明かしてなお、一休に対してノーガードなのが不気味で、それが物語をどう展開させるのか不明にしているのも本作の旨味ではないだろうか。鉛丹の蒐集する“感覚の地獄”の鬼畜っぷりにも刮目せよ。

テーマの弄くり方がユニークでいて厭な(?)感じの安土萌「ミアのすべて」、骨太な菊池秀行「蒐集男爵の話」といった掌編を経て、最後は一般公募作、松本楽志「海を集める」。これはなんというか、感覚的に過ぎてちょっと合わなかった。幻想を語るときに寄る辺ないプロットはどうも苦手。寄る辺つうのはつまり、現実的な土台ということで、それがあっての幻想譚だと思う。言葉が語彙的にレトリック的にイディオム的にメタファー的に美しく並べられても、幻想(ばかり)だと、長い歌詞を読まされているようで、途中から胸やけしてくるのだ(苦笑)

ということで本アンソロジー。矢張り、中島らも「DECO-CHIN」の印象が強いが、早見裕司「終夜図書館」の感動的な決意表明も忘れがたい。また、夢枕獏、冲方丁という異形初登場組の作品が実力どおりの力作だったし、さらには平山、朝松、北原、石田、久美といった常連組も負けておらず、トータルで完成度の高い、心に残るアンソロジーとなった。
.10 2011 BOOKS(異形コレクション) comment0 trackback0

異形コレクション「宇宙生物ゾーン」

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宇宙生物ゾーン―異形コレクション〈15〉 (広済堂文庫)

本コレクションは、そのテーマ性に則って全篇SF譚といってもいいかな。ホラータッチもあるにはあるが、矢張りSF巧者の作譚が傑出しているアンソロジーとなっている。中途半端な感じが少なく、出来不出来が両極端な印象。
(※寺田克也ファンとしては、装丁画もはずせません!)

不穏な状況に実況(解説)というフィルターいっこ被せてコミカルに語るショートショート王道な、江坂遊「火星ミミズ」で幕開け。続く野尻抱介「月に祈るもの」はハードSF著述家らしく “ある可能性” を示唆する一篇。鋭利な刃物でスパッと切ったやうなソリッドな文体も惚れ惚れする。テーマが宇宙生物だからと、遠い彼方からやって来なくても、こんなにミステリアスで壮大に語れるのだ!と云わんばかりの傑作!巧いなぁ…

森下一仁「黒洞虫」はクラシカルな語り口ながらも、ブラックホール好き(?)にはタマラナイ一篇。政治犯の烙印を押され、銀河の中心からエグザイルする主人公・スミダは宇宙の果てで小さなブラックホールと遭遇する。外宇宙の孤独感やブラックホールの描き込みの丁寧さから、コンフォータブルなストーリーテリングまで何から何まで良かった。味わい深いラストにも奮える。傑作!

谷甲州「緑の星」。開発予備調査をおこなうため、惑星フォレスト-DDにやって来た外崎とアラン。面積の殆どが森林に覆われ、文明の痕跡を残さないかに思えたフォレスト-DDだったが…。硬質な筆致が物語に緊迫感を与える。ちょっと大友克洋「彼女の思い出」を想起したが、働く男のリアリスティックな計算とか苦悩とか男前だなあ!と。頑張れ負けるなワーキング・スペースメン!

森岡浩之「パートナー」は、人類が唯一建造した恒星間宇宙船が惑星アルカディアから持ち帰った愛玩動物“モビー”にまつわる厭な話。主観(倫理観)を捻くらせる手法で厭~な気分になる(苦笑)。

岡本賢一「言の実」は、体長二メートルという灰色のナメクジに似た宇宙生物ナーと、その背中で作られるナーの実を巡るお話。スピリチュアル成分を含むが、鼻白む程ではなく、むしろそのスピリチュアル感が物語を豊潤にしている(…基本スピリチュアル嫌いなもので)。主人公と軍、そして神ナーそれぞれ思惑が交錯しつつ、ナーの住む惑星テグチャの森林から一気に拡散する壮大さが白眉。いやあ、これまた傑作でしょう。

難解なワードが飛び交いまくりでサッパリ判らなかった山田正紀「一匹の奇妙な獣」、最初からオチがバレバレな梶尾真治「魅の谷」、何かと設定が雑な(笑)、大場惑「夜を駈けるものたち」あたりの連なりがちょいと興醒め感を誘発したが、田中啓文「三人」の猥雑な淫力で持ち直す(笑)
ジロウとマリアとイヴを乗せた宇宙船は2186年2月13日も諾諾と広大な宇宙を進む。起き抜け、サルサのリズムで自慰に耽るジロウ。日がな一日全銀河ジグソーパズルに没頭するマリア。日々手首の傷が増えていくリスカ女のイヴ。そして誰か(?)のペットのどっぷり粘液を滴らせた多足動物は「ゲッゲッゲッコウ…」と鳴く。
キャラ毎の視点(人称)で文節が区切られ、やがてそれも曖昧に…。お話としてはいつもの啓文クオリティには至っているとは云い難いが、それでも読ませるのは流石。

とり・みき「宇宙麺」。この人のタッチってコロコロ変わる印象があって、個人的には銘が入ってないと判りにくいタイプの漫画家。話としてはまあまあでオチはちょいグロ(笑) で、この宇宙麺から以降、ちょっとホラー色が濃くなる。中でも出色は五代ゆう「バルンガの日」
そう、あのウルトラQのバルンガが更に凶悪にブラッシュアップされて人類に襲いかかる。地球上のあらゆるエネルギーを食い尽くし、あまつさえ胞子を撒き散らし、その胞子を浴びた人間を悉くバルンガに変えていく。主人公はそうしたバルンガ化した人間を処理する清掃局に勤める巽。
全篇を覆う陰鬱(ノワール)な空気と、陰(過去)を抱える主人公・巽。オチに至る巽の“おこない”はなかなか怖気を誘う。救いのないラストのダークな美しさもいい。

友成純一「懐かしい、あの時代」はかなり変化球な一篇。学生運動が本格化した60年代後半からの時代に与することなく生きた作者の客観視点が超リアル。学生運動の空疎で暴力的なパワーを宇宙ウィルスに罹患した状態と捉えた醒めた視点がユニーク。物語というより、ナルホド・ザ・学生運動といった感じかな。

横田順彌「来訪者」は、勿論、押川春浪シリーズの一篇。いつもの押川家の客間で龍岳と時子さんを交えた心地好い雑談(?)の世界へ誘われます…。今回の不思議は宇宙人と名乗る老婦人と春浪の邂逅譚。いつもにも増して温かな視線で描かれた物語でホンワカした気分にもなる。学校教科書にも加えたって罰(?)の当たらないお話。

菊池秀行「安住氏への手紙」は、ある女性が古縁ある男性にしたためた手紙文という体裁。SFと民俗を、つまり、アブダクション(ウラシマ効果も)と神隠しをさりげなく結びつける語り口と、それを強化するべく、遠野に宇宙港を置くという設定がなかなか。しかし、菊池氏ほどのベテランとなると、さまざまな抽斗を持っておられますね。

さて、ここに来てまたしてもガチのSF、堀晃「時間虫」。時間虫とは、超空間航行に伴う“局所的に時間の逆行が生じる”現象を虫の仕業として捉えたもの。不幸にも、トイレ(大便)後にその時間虫現象に遭遇する主人公の顛末が描かれる。これ、啓文氏あたりが料理すると、トンでもないお下劣ストーリーになりそうだけど、そこはそれ、ハードSFの堀氏ならではの筆致でスリリングに描かれるのがミソ。とか云ってラストは…。しかし、こういうお話に出会うと異形コレクション読んでて良かったぁ!とシミジミ思ってしまう。

そして大トリは眉村卓「キガテア」。惑星キガテンには土着生物とおぼしきキガテアがいる。パッと見は食パン。それに左右対になった6本の足がつき、ひょこたんひょこたんと歩く小さな生物。この可愛らしさが決め手となり、愛玩用として送り出すようにと統合本部から催促される主人公の運用士官イヌイ。物語はキガテアの可愛らしさとは裏腹にミステリタッチで進む。そして、ラストに提示される真相…これは怖い。本アンソロジー中、いちばんずん、と来る怖さだ。ううむ…どん尻で大ベテランの傑作に出会えるたぁ、なかなかのアンソロジーでござんした。

さて、まとめとして…本アンソロジーでは、野尻抱介「月に祈るもの」、森下一仁「黒洞虫」、谷甲州「緑の星」、岡本賢一「言の実」、五代ゆう「バルンガの日」、堀晃「時間虫」、眉村卓「キガテア」とかなりの傑作が潜んでいた。異形コレクションの中でもオススメの一冊である。
.08 2011 BOOKS(異形コレクション) comment0 trackback0
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機械猫髭

Author:機械猫髭
片田舎の某フリーランサー。当ブログは個人的な外部記憶装置として始めました。内容は和製のミステリ&ホラー、そしてSF。それと文庫派なので、ハードカバーやノベルズが文庫化されると買い換える派です。

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